つくるひとサプリ

欲しいものは自分で作る。毎日に”やってみよう”をちょい足しする、メイカーズ女子のサプリメント的ブログ。

24歳でドレス製作の個人事業主として独立するまで

      2015/11/16

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こんにちは。渋谷区在住個人事業主、杉山早です。

2013年9月に社交ダンスドレスのデザイン・製作を手掛ける個人事業主として独立開業致しました。現在は渋谷区の自宅マンションのアトリエにて、オーダーメイドのドレスやリメイクの注文を受けて生活しています。

詳しい仕事の中身についての話は今後書いていくとして、今回は独立までの経緯とその時に考えていたことを記しておきたいと思います。初回のくせに長いですが、どうかお付き合いください。



開業までの道のり

独立のタイミングは「気付いたら」やってきた

現在24歳、大学卒業から一年半と少し。この歳で独立開業する女性というのは、周りを見渡してもあまり多くはありません。自分ひとりで仕事をするなんて、想像できない…という人が大半だと思います。実のところ私自身も、実際に始めるようになるまで、むしろ始めてみた今でも、なんだか実感が湧かないというのが正直なところです。

というのも、独立しよう!と心に決めて新しく何かを始めたわけではまったくなくて、学生の頃から趣味で何年間も続けていたことがだんだん仕事として生活できるだけのものに変わっていったからです。私にとって独立するのは肩肘張って頑張ってきた結果というよりは、様々な偶然や幸運が重なって気付いたらそっちに行くことになっていた、という自然な成り行きでした。

趣味で始めたドレス作り

大学生の頃、私は競技ダンス部に入部し、競技会で結果を出すことに大学生活の全てを捧げていました。競技会に出場するためには、競技用の衣装であるドレスが必要です。しかし、このダンスのドレスというのが学生の私にはびっくりするほど高価でした。新品で買うと1着20万円以上もしたんです。

幸いにも、お世話になっていたダンス部OGの先輩が格安でドレスを貸してくれたので、購入せずに素敵な衣装を着ることができていました。しかし、できればいろんな衣装を着てみたいと思うのが女心。他の人に借りて着るという選択肢もあったけれど、思った通りの理想のドレスというのはなかなかありません。そこで、自分で作れば安く好きなものが着れるだろう、と自らドレスを作り始めました。ものを作るのはもともと好きでしたが、洋裁経験はほとんどありません。なんとか形になればいいや、という軽い気持ちでした。

自分のために自分のドレスを作る。それが始まりでしたが、競技会で自分のドレスを着ていると次第に周囲の人に注目してもらえるようになりました。根っからの凝り性で、ハマると何十時間でも熱中する性格。周りに褒めてもらってすっかり調子に乗り、ドレス作りにのめりこんでいきました。

ダンスのドレスの製作過程は、普通の洋服とはかなり違いがあります。もちろん社交ダンスドレスの作り方を教えてくれるところはありません。仕方なく、ネットで手作りしている人のサイトを調べたり、ドレス屋さんのドレスを裏返して見てみたり、試行錯誤しながらやり方を自分なりに考えて作っていました。

ドレス製作ブログの開設と口コミでの広がり

どうやって作ってるの?と聞かれることが多くなったのと、自分でも忘備録としてやり方を記しておこうと、2011年9月製作日記を主なコンテンツとしたアメブロ「村松早の競技ダンスと手作りドレスのブログ」(村松は旧姓。現在は苗字をとって「早の競技ダンスと手作りドレスのブログ」にタイトル変更)を開設しました。

この頃から友人からの依頼で、材料費をもらってドレスを作るようになっていました。まだまだ仕事にできるような状態ではありませんでしたが、ドレス作りに興味がある人がブログに集まれば、何かしらにつながるかな?とちょっと期待してもいました。

ブログは少しずつ広まり、特に学生競技ダンサーの間ではかなり多くの人に読んでもらっているようです。また、Gmailアドレスを公開しておいたことで、ブログ経由で直接連絡をもらいドレスを作らせてもらえる機会も多くなりました。現在ブログはアメーバのアクセス解析で月3万PVほどになっています。アメブロのアクセス解析は実質より多くカウントされているらしく本当はこの数字より少ないはずなので、PVそのものはそんなに多くはないです。ただ、ニッチな市場なので、実際に競技会で目にしてもらう機会が多いこと、先輩から後輩への口コミの影響が強いことも幸いして、読んでくれている人の人数に対して何かしらアクションを起こしてくれる人の割合が多いような気がしています。

受注のためのマーケティングツールはこのアメブロと個人のtwitter,facebookのみ。特別なことは何もしておらず、日々ドレス製作のやり方、作ったドレスの紹介、材料の種類や仕入れ先などの情報を発信していました。

ダンス教室勤務のプロダンサーとドレス作りの二束のわらじ

すっかり競技ダンスに夢中だった私は、もっとダンスを極めたいと大学卒業と同時にプロダンサーになるという道を選びました。競技ダンスの世界では、プロの競技会に出ているダンサーは基本的に社交ダンスを教える教室に所属し、ダンスの先生をしながら競技会に出場しています。私は学生時代からお世話になっていた教室に声をかけていただき、入れてもらえることになりました。

周囲の友人が就職活動するのに乗っかって少しだけ就活もしてみたのですが、中身を知りもしない企業への志望動機をひねり出してESを書いたり、みんなが同じようなことを言う面接を受けたりするのが気持ち悪くて、2社1次面接に行っただけですっぱりやめてしまいました。興味のないことはたとえ必要だと思うことでも、まったくできない性格です。(これはこれで問題だとは思っているのですが。)

ダンスを練習している時間が一番幸せ、と本気で思っていたので、ダンス漬けの生活を続けられるダンス教室勤務は天職のように思えました。プロダンサーとしての生活が厳しいことは噂に聞いたけれど、いざとなったらドレス作りもあるし、どうにかなるだろう、と。かなりお気楽に考えていました。今思うとこの辺の思考があまりに単純でおバカなので、もっとちゃんと考えていたら…と思うこともないのですが。

そんなこんなで始まったプロ生活。しかし、プロとは名ばかりで、競技会で結果が出せるようになるまでの見習い期間は、ただのダンス教室の先生です。それどころか、先生ができていればまだいい方で、自分にお客さんがついてくれるまでは教室の受付、掃除、事務の処理、買い出し、などなど要は雑用係です。11:00~22:00までそのような仕事をこなし、その前後の2時間ほどで練習。唯一教室がお休みの日曜日に自分の競技会に出て、試合がない日もプロ団体の行事や他のスタッフの競技会の応援など、何もない休日は月に1日あるかないか、という毎日でした。

更にただでさえ忙しいのに、ブログ経由や知り合いに頼まれてのドレス製作ももちろん続けていたので、夜中に帰って深夜に作業し、明け方寝てまた朝教室へ行って練習…とけっこう無謀な生活をしていたと思います。

大変ではありましたが、それはそれで学ぶことも多い日々でした。が、日に日に募る、違和感。この生活を、今後何十年もしていくなんて、ありえない。私いったい、どんな人生を送りたいんだっけ…?ここにきて、やっと真剣に考え始めました。

結果として、プロダンサー、教室勤務は半年で辞めることにしました。そう決めるまでの背景は、いろいろあるのですが、それはまた別の機会に書くことにします。

独立を目標に、勉強のためドレスメーカーへ転職

社長に直接会いに行く

同年代の友人たちが社会人1年目として会社で揉まれている時に、相変わらずダンスしかしていなかった上に半年でやめてしまった私は、典型的な、スキルも社会常識もないすぐ辞める若者でした。当然今から一般企業への転職は絶望的。残ったものはわずかなおこずかい程度にしかならないドレス作りだけです。もともとダンス教室勤務も薄給だったとはいえ、このままではニートまっしぐらです。おまけに池袋で一人暮らしを始めたばかりで、家賃や生活費が払えなければニートどころか生きていけない…。こうなったら、ドレス作りを本業にするしか道はない!

独学で勉強しながら、すぐに独立するという選択肢も考えました。でも、ドレス作りのスキルも十分とは言えないし、ビジネスの経験もまったくない状態でやっていける自信はありませんでした。また、服飾の学校に通ってまず洋裁の基本的な技術を身につけるという方法もありましたが、収入がなく貯金もわずかな今の状態でさらにお金を払って学校に通うというのは現実的ではないと断念しました。ドレス作りに関わる知識をピンポイントで学び、かつ最終的に独立するために役立つドレスを売る現場でのビジネス経験が得られる、ということで、やはり社交ダンスドレスメーカーで働くことがベストだろう。そう考えて、さっそく知っているダンスドレスメーカーの社長にコンタクトを取りました。

このメーカーの社長とは、学生時代に一度お会いしたことがありました。ダンス部の後輩がこちらでドレスをオーダーしており、私がドレス製作の仕事に興味があるということで紹介してくれたのです。結局その後プロダンサーになると決めてそれっきりだったのですが、とにかくもう一度会ってほしいと連絡をしました。

就職活動もまともにしていない私の転職活動手段として、それが唯一の方法でした。

ダメ元で、アルバイトでもなんでもいいから働かせてほしい、と頼むつもりで話をしに行きました。そうすると、意外にもあっさりと正社員として雇ってもらえることになりました。ダンサーとしての経験、教室勤務経験、趣味でのドレス製作の経験、どれもドレスメーカーにとっては役立つものだったのが幸いだったようです。本当に世の中、上手く回るようにできているものです。

小さな組織で働くことで得た多くの学び

ドレスメーカーでの仕事は、本当にすべてが勉強になりました。メインは店舗にドレスを選びに来たお客さんの接客ですが、小さな会社のしかも新規オープンして間もない店舗だったので、簡単な経理の処理、HPやブログなどのマーケティングツールの運用、店舗イベントの告知チラシの作製から顧客データの管理、もちろんドレスのデザインや簡単なリフォームの作業まで、業務に関わる全てのことを経験しました。何もかもわからない、しかも教えてもらう余裕すらない。とにかく問題だらけの日々を必死にこなしながら学んでいきました。

最終的に独立したい、と考えていた私には、小さな規模の会社の中でいろいろとぐちゃぐちゃな(笑)状況を経験できたことは、すごく正解だったと思います。これがもし、全ての環境が整った大きな組織で働くことになっていたら、まったく違うことになっていたのではないでしょうか。何より、商品が作られてお客さんの手に渡り売上が生まれるまで、いったいどんなことが起きていて何が必要なのか、体験として知れたことの意味は大きいです。おかげで、自分ひとりでドレスを作って売っていくならどうすればいいか?なんとなくイメージが湧くようになってきました。これなら、自分ひとりでもやっていけるかも、そう感じ始めたらいてもたってもいられなくなり、またもや半年足らずで会社を辞めることになります。

退社、そして個人事業主登録へ

会社員不適合な性質

独立開業しよう!と決めて会社を辞めたのは、自分一人でやることへのイメージが湧いたこと、短期間ながらドレスメーカーにいたことでドレス作りの技術で何をどう勉強すればいいかの見当がついたこと、ブログからの注文が増えてきたこと、などの理由があります。ですが、ちょっとネガティブでこんなところに書いていいのかわかりませんが、自分の会社組織で働くのに不適合な性質をより深く理解したというのもありました。

褒められたものではないのですが、私はチームプレイが苦手です。みんなで1つのことを達成するためには、それなりに守らなければならないルールというものがあると思いますが、しばしば自分がいいと思うものを優先してそれを無視する傾向があります。後から反省することはよくあるのですが、その時は自分の考えでこちらの方が良い!と確信しているので、気を付けていてもなかなか一人で突っ走る癖が治りませんでした。会社にいたときも、そのことで周りに多くの迷惑をかけました。

本質的に一人でもくもくと何かに熱中して作業する、ということに向いているみたいです。チームで進めるためには、何をどこまで誰に話すべきか、上手くやっていくために周りの人とどう人間関係を作るのか、といったことが重要になってくると思いますが、そういうことに気持ちを裂くことができません。ですが、自分自身で何かを作りあげるためには、何時間でも、何十時間でも没頭して作業し続けることができます。このへんは、一人でやる、ということに加えて、ドレスを作る、という作業そのものにも向いている部分だと思います。

結婚と起業家の夫の影響

独立を決めるきっかけとして、結婚することになったことは直接の理由ではありませんが、結果的にいいタイミングだったと思います。

まず、ドレスを作るためにはそれなりの作業スペースがいりますが、当初住んでいた池袋のアパートは5畳くらいにすべてが収まったワンルーム。作業自体はなんとかできるものの、お客さんとのやりとりをすることも考えるとちょっと厳しい狭さです。それが結婚することになり、私の仕事場としての場所も考えた今のマンションに住めることになりました。

そして、夫が自ら会社経営をする起業家であったことの影響はものすごく大きいです。まず、出勤時間など関係なく自分のペースで働いている姿を常に見ていると、自分自身の仕事のやり方を自分で管理して働くのが当然のような感覚になってきます。会社勤務以外の働き方している人が身近にいたことで、独立への精神的なハードルはほぼなくなっていました。

 

今思うこととこれから

独立ってこんな簡単にできていいの?というのが開業の届け出をした時の印象です。書類2枚を提出するだけ、という申請自体の簡単さももちろんなんですが、何よりフリーで働くことに対して持っていたイメージより、今自分がやっていることが、普通のありきたりな毎日の延長だからです。会社に所属せずに、自分自身の仕事を持つ。というと、何か特別な能力を持っている人がやることのように感じていました。でも、周りの人には特別に見えても、その人にとってはそれをやることが当然であり、好きなことを続けていた結果に過ぎないんだろうと思います。

現在、ドレスの注文は多いとは言えませんが、一応9月からの3か月間、生活していけるだけの収入は得られています。これが続くとは限らないし、突然収入0になってしまうリスクは常にあります。ですが、それに勝る自由に使える時間と、好きなことをしてその対価としてお金をもらう喜びを得ることができて、雇われている時とは比べ物にならない満足感のある毎日を送っています。

始まったばかりで、まだまだどうなるかはわかりません。ですが、たとえリスクがあっても、これまでと変わらずその時その時に自分がやりたい!と思ったことをやって、偶然のチャンスが重なりまたどこかへたどりつけると信じ、日々を過ごしていこうと思います。

このブログも、やりたいと思っていたことの一つですが、ドレス作り同様とにかく独自ブログをもちたい!とやり方もよくわからないまま、調べながらなんとか開設させることができました。何か楽しいことが起きるきっかけにいつかなってくれたら、と期待しつつ、地道に続けていきたいです。

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Comment

  1. 渡邉祐子 より:

    初めまして。
    私は衣装作りは無知です。しかし子供が一生懸命やっているヒップホップダンスの衣装を1から作ってあげたい!と強く思いコメントを入れさせていただきました。
    ご連絡を頂ければ有り難いです。

  2. 田中宏美 より:

    いま演奏会でドレスが必要で色々サイトを見ています。一度お話出来たら幸いです

    • Saki より:

      こんにちは。すみませんコメントの方をあまりチェックしておらず反応が遅くなりました。
      もしご相談がありましたら「書いているひと」ページのお問い合わせよりメールいただければご返答します!
      よろしくお願いいたします。

  3. 真桜 より:

    初めてコメントさせていただきます。
    以前アメブロで書かれていた頃より拝見させていただいておりました真桜(ブログはゆーきとなってますが)と申します。
    私も以前よりドレスが好きで、いつかは作りたいと思っており杉山様のブログにたどり着きました。記事を読ませていただいている間に気持ちが「いつか作りたい」から「作ろう!」という決意に変わり、現在は手探りながら洋裁を習ったり本を研究してみたりと実行に移す事ができました。
    第1号の完成がいつになるかわかりませんが、一歩を踏み出すきっかけをくださった事にお礼を言いたく、コメントさせていただきました。
    本当にありがとうございました!

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